毎日新聞の記者としてアフリカの内紛やテロ、貧困、震災など報道の第一線での活躍を評価され、
2008年ボーン・上田記念国際記者賞を受賞している高尾具成氏。
彼の凱旋講演を聴こうと130人が駅南Bi Viキャンに押しかけた。
昨年オーブンした会場にびっしりと満席になったその光景で胸が熱くなり喜びがこみ上げた。
アフリカ在中の4年間、各国の紛争を命を張って取材を重ねた写真が数多く紹介された。
不安と希望が入り混じる鋭い眼をした子供達の写真。
操作を習いたての銃を担ぎ、戦場の第一線に飛び込む15歳の少年。
遠い東日本で起きた3.11の震災のニュースを見て、日本人の高尾氏を気遣った話を紹介。
「この国は必ず良くなるから大丈夫。日本に戻って」と高尾氏に告げて、戦場に消えてったと言う。
現地の人と心を通わせた数々の話。
取材の際の高尾氏は、
その国のサッカー選手(しかもサイドバックあたりのメジャーじゃない選手)のユニフォームを着て現地に入る。
エース級じゃない選手のユニフォーム着てることから「なんでその選手知ってるんだ」と子供達の心を掴んだと言う。
なるほど。
高校時代の彼とのある出来事を思い出した。
厳しい練習になんとか食らいついていた高尾氏に教科書に落書きされて、
そのページを開けば「ガリンシャのように」と書かれていた。
ガリンシャ? その時初めてその選手を知った。
ブラジル屈指のドリブラーで日本ではペレのように名前が通っていなかった、と思う。
「クレはガリンシャのようなドリブラーになってほしい」
サッカー好きの年配のオッサンから言われた感じがした。
サッカー部員ながら、一歩も二歩も引いた少し高いところから部員みんなに言葉をかけてくれてた気がする。
凱旋講演の際、会場で購入した彼の本。
お願いしたサインとももにさりげなく書かれた言葉は、
UBUNTU(ウブントゥ)。
調べてみると
「他者への思いやり」
「皆があっての私」
南アフリカの言葉だった。
人種や国境を超えて、人と人の心を繋げていく大切さを学んだ。